最高裁判所第三小法廷 昭和28年(オ)548号 判決 1953年11月17日
東京都渋谷区代々木上原町一一八九番地
上告人
日米石油興業株式会社
右代表者代表取締役
岩崎晃二郎
茨城県古河市石町八八九番地
上告人
岩崎晃二郎
右上告人両名訴訟代理人弁護士
利重節
名尾良孝
右訴訟復代理人弁護士
柴田勝
大阪市東区備後町四丁目四四番地
被上告人
亀山興業株式会社
右代表者代表取締役
亀山敏太
右訴訟代理人弁護士
森鋼平
右当事者間の約束手形金請求事件について、東京高等裁判所が昭和二八年四月一四日言渡した判決に対し、上告人等から一部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人等の負担とする。
理由
論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。(論旨中には、憲法違反を云々している点があるが、その実質は訴訟法違反の主張に帰着し、違憲の主張と認め難い。また判例違反をいうが、具体的に判例を掲げていないから、判例違反の主張として適法でない)。
よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)
昭和二八年(オ)第五四八号
上告人 日米石油興業株式会社
外一名
被上告人 亀山興業株式会社
上告代理人弁護士名尾良孝、同柴田勝の上告理由
第一点 原判決は原告主張の判決に影響を及ぼすべき重要な事項につき判断を全然遺脱したるか又は理由に齟齬があるから破棄さるべきである。
即ち記載によると上告人は抗弁の二として次の通り主張している。即ち本件手形は上告人等が訴外寺尾六次郎、仲田正三等に対し上告人等の他から割引方を依頼するため交付したものであるが訴外仲田に於てその割引が出来なかつたので昭和二十五年十二月三十日訴外寺尾が右仲田から本件手形を上告人等に返還するため一旦受取つた。ところがその時右仲田は原告よりさきにして居つた借金の事で原告社長亀山敏太方へ右寺尾を同道した。右亀山の家に訴外松田宗司も居り本件手形を寺尾が見せた。そして訴外松田及亀山が自分の会社で割引いてやらうと云ふので右寺尾は此の手形を被告岩崎から預つた事情を話して頼んだ。そして原告会社の東京支店に来て三度割引を催促したがそれが実現せぬうち急に原告は本件手形を右仲田の原告に対する貸借金の弁済として受取つた旨を云ひ出すに至つたものである。要するに被告人は本件手形が金銭融通の道を得さしむる為に振出されたこと、所謂融通手形の抗弁権の存在を充分知悉して右手形を取得したものであるとの悪意の抗弁を提出して争つたことが洵に明白である(昭和二十六年八月二十四日附被告代理人提出の答弁書中抗弁の項並びに昭和二十七年七月十五日に附同代理人提出の塗借書面並びに控訴理由書は各参照)。従つて第一審判決摘示事実の(一)の後段も……原告は以上の如き事情を知悉して右手形を取得したものであるから被告等は原告に対しこれが手形上の債務を負うべきものではないと事実摘示しているのである。然るに原判決は其の事実摘示に於て第一審判決の摘示事実を引用しながらその理由には此の上告人主張の請求権の存否に関する悪意の抗弁に対しては何等の判断をしていない事が明白である。即ちその理由に於て「当審証人仲田正己及び原審証人中島正の各証言によると控訴人岩崎は訴外仲田正己に対し右手形の割引を依頼してこれを交付したのであるが当時割引先が定まつていなかつた関係から手形受取人を故らに記載しないで発行したことが認められる」と認定した上本件手形は不完全手形ではなく訴外仲田に於て補充権を有していたことを裏書連絡欠缺抗弁の二つの点に就いてのみ認定した丈で被上告人等を以て悪意の取得者であるとの上告人等の抗弁事実に就いては一顧だに与えていないのである。此の争点につき第一審判決は其の理由に「被告等は原告を以て悪意の取得者なりと主張するがかゝる事実は証人寺尾六次郎の証言の一部(当裁判所の措信しないところである)の外にして認むべき証拠がなく」と判断したので上告人等は原審に於て此の点を明確にする為更に重要な証人仲田正己の訊問を求めその証言を援用した次第である。されば同証人の証言、第一審証人寺尾、同岩崎清の各証言を綜合すると充分に上告人等の悪意の抗弁事実が証定出来るものと確信する。然るに原判決は上告人等主張の中(一)不完全手形の抗弁、(二)裏書の連続欠缺の抗弁の二つの点についてのみ判断をなし本件につき最も重要な悪意の抗弁に対する判断を全然遺脱し又は理由不備であるから既に此の点に於て破棄を免れない。
第二点 原判決並びに第一審判決に於ける事実認定は経験法則違反又は審理不尽の違法がある。即ち原判決が悪意の抗弁事実に就き判断しているとしても第一点に於て述べた如く第一審判決は漫然と悪意抗弁事実に就き「被告等は原告を以て悪意の取得者なりと主張するがかゝる事実は証人寺尾六次郎の証言の一部(当裁判所の措信しないところである)の外之を認むべき証拠がなく」と判断したのみで独断の非難を免れない。されば更に上告人等は原審に於て此の点を明確にするため更に重要な証人仲田正己の訊問を求めその証言を援用したのである。
従つて原告に於ては上告人等は特に悪意の抗弁事実を重要な争点としていることが極めて明白である筋合であるから原審に於て此の点に就き精査すれば容易に被上告人が悪意の取得者である事が認定出来た筈である。以下第一審並び原審に於ける各証拠を検討すると、
第一審証人寺尾は次の通り証言している。即ち
「仲田はこの手形を受取るときは一週間位で割引出来る予定で居りましたが同月三十一日に私は阪急大阪駅で仲田から割引出来なかつたと云つて本件手形を返されましてその際仲田にかねて三百万円程借金のある原告会社にこの言訳に行かねばならないから一緒に行つて貰い度いと云ふので私もその借金をした時に一緒に仕事をした関係もありまして一緒に亀山社長の家に行きそこに来合せて居た原告会社松田専務と四人で会合しその席上仲田は被告会社の手形をあづかつて居たが現金化することが出来なかつたと云ふ話をした所松田は自分は銀行に知合もあり優秀な手形ならば割引出来ると申しました。そこで仲田の相談を受けて私はその手形を出しました。松田はこの手形の割引には骨が折れるが若し落ちた時は従前の借金を返済して呉れるかそれとも二百万円程廻してくれれば自分の方としても都合が良いと申して居りました。尚手形について常陽銀行に問合せるから一月十日頃結果が分るとの事でしたので私は別府に帰りました。
一月十日に私は仲田から電報を受け十二日に松田が大阪に帰るから会つて呉れとの事でありましたので私は大阪に行つて十二日に松田に会ひました。そのさい松田は東京で約手の事について仲田と云ひ争ひしたまゝ別れて来たが自分は約束を破る様な事はしないと云つて二十日頃に自分が添書をつけるから東京支店で金を受取つて呉れと云はれました。私は二十日に添書を貰ひに行つた処松田は自分も東京へ行くから一足先に行つて呉れと云ふので私は上京しその足で古河に行き岩崎に結果を話しました。
岩崎は確実に現金化出来る事になつていたら亀山が松田に会うと申しました。以下省略」(P75、P76)
又証人岩崎晃二郎は次の通り供述している。
「私は昭和二十六年一月頃寺尾と共に築地の原告会社へ行つたことがあります。それは寺尾が当時古河に来て大阪で松田と話をした結果東京で金も出来ることになつたから一緒に行つて受取つて呉れと云ふ話があつたからです。最初原告会社を訪問した時に私は中に入りませんでしたが寺尾の話では松田が大阪から出て来たばかりだから待つてくれと云はれたと云ふので翌日再び原告会社を訪ねましたが松田が高崎工場にいつたと云ふ事で会えませんでした。その翌日更に原告会社を尋ね寺尾が松田に会いましたが高崎工場の経理に穴があいた為金が出来なくなつたといふ事でした。そこで寺尾に対し手形をすぐ取戻して貰い度いと申しますと手形は大阪にあるといふことでありました。」(P80、P81)
更に原審証人仲田正己は次の通り証言している。
「昭和二十五年十二月三十日大阪駅で偶然寺尾に会ひ手形を請求されたので翌三十一日返しましたがその日寺尾と二人で亀山の自宅に行きました。本件以外に私が亀山から昭和二十五年八月に借用し同年十月末払ひの借金が三五〇万円ありました。それは澱粉の契約金が必要で借りたのでその金を丸正物産の政木が北海道に送りましたが澱粉は出ないので寺尾を連れて借金の云訳けに来たのです。亀山の他松田もいました。本件手形に付て寺尾が松田に手形を割つてくれと云つているのを聞いた様な気がします。私は寺尾に返した手形だからどうしようと勝手だと云ふ気持でした。二五〇万円の借金は待つてくれるとは云ひませんでしたが支払出来ない事情を伝えて来ました。私としては二五〇万円の借金は未だ残つていると思つて帰つて来ました。被控訴会社と丸正物産との間に付額面三百万円に相当する取引はありませんでした。私が亀山から二五〇万円を借りた時は寺尾、政木からよその手形を預りそれを持つて行つて借りました。然し期日までに支払が出来ずそのまゝになつていました。亀山から出来るだけ早く決済する様に云はれました。寺尾の方から他の手形を持つて行つてさしかえるといふ事は亀山に通じてありました。本件手形を十二月三十一日に持つて行きましたが此の手形はさしかえに該当する手形ではなく寺尾に返しました。
寺尾が割引を依頼するに付て松田と話していましたがどう云ふ条件でどう云ふ風にしたか私は記憶しません。
二五〇万円のものはその儘になつて居り云々」と。
以上の各証言を綜合すれば原告会社代表取締役亀山及び訴外松田専務は馴合の上訴外松田が訴外寺尾、同仲田に対して右手形は融通手形である事を充分知悉しながら自分は銀行方面に知合もあるから割引してやる旨虚言をらうして本件手形を受取り再々其の返還を督促されるや後日になつて訴外仲田に対する貸借金の支払確保の為交付を受けたものであると言を左右にして其の返還に応じなかつた事実が明白であり訴外松田等の行動、態度、本件手形取引の事情等からすれば原告等は本件手形が融通手形であることを充分知悉していたのみならず右取得に依つて上告人等が融通手形である事を主張し得ない立場に至ることを知悉して本件手形を取得したことが明白であり返つて証人松田宗司、原告会社代表者亀山敏太の本人訊問の結果は故らに事実を歪曲して借述している部分が多々あり信憑力に乏しきものである。依つて全く逆の認定をした原判決は甚しく事実を歪曲して認定した違法がある。又以上の通り上告人、被上告人双方の証人の各証言が明白に矛盾している場合に漫然弁論の全趣旨と証拠調の結果を斟酌して一方的に認定したのは独断の非難を免れない。何故に被上告人側の各証言を措信し上告人側の各証言を措信出来ないかを五人が首肯し得る程度にその理由を明白にすべきである。
依つて原判決は此の点に於ても破棄さるべきと信ずる。
以上
昭和二八年(オ)第五四八号
上告人 日米石油興業株式会社
外一名
被上告人 亀山興業株式会社
上告代理人利重節の上告理由(昭和二八年七月四日付提出の追加上告理由により追完済)
第一点 原判決は重要なる争点につき判断を遺脱したるか又は審理不尽の違法があつて破毀せらるべきである。
即ち原判決に引用した第一審判決の事実摘示及ひ原審口頭弁論調書の記載によれば本件手形は上告人等が訴外仲田正己に対し上告人等の為他から割引金融を受けるやう斡旋方を依頼したもので、被上告人は以上の如き事情を知悉して右手形を取得したものであるから上告人等は被上告人に対し、これが手形上の債務を負うべきものでない、と、所謂悪意の抗弁を提出して之を主張し争つたことが洵に明かである。(昭和二十六年八月二十四日附被告代理人提出の答弁書中抗弁の欄御参照)
然るに原判決理由には此の上告人の抗弁に対して何等の判断を与へず単に「被控訴人が右手形の所持人であることは、現にこれを所持することによつて明かである」と説示されあるのみで上告人等の右抗弁に対して何等の考慮は勿論、判断をも与へてるない。
此の争点につき第一審判決は其理由に「被告等は原告を以て悪意の取得者なりと主張するが、かゝる事実は証人寺尾六次郎の証言の一部(当裁判所の措信しないところである)の外に之を認むべき証拠がなく」と判断したので、上告人等は第二審に於て此の点を明確にする為め本件手形を被上告人に交付した第三者たる重要な証人仲田正己(第一審当時は住所不明の為め訊問不能)を訊問し其の証言を援用したところ同人の証言により、第一審証人寺尾の証言を綜合するときは、本件手形が割引の為めに振出され額面金額より割引料を控除した金員が現実に上告人等に交付されない限り被上告人等に手形の所有権は移転せず、上告人等に返還せらるべき筋合の手形なることを充分被上告人は知悉してゐる事実が明瞭であると確信するものである。
この上告人等の悪意の人的抗弁は本件について最も重要な争点であることは口頭弁論の全趣旨によつても明かである。
然るに原判決は上告人等の(一)受取人記載の補充権留保、(二)裏書の連続を欠く、の二つの抗弁についてのみ判断を為し、本件につき最も重要な悪意の抗弁に対する判断を遺脱したのは、判断遺脱又は審理不尽の譏りを免れないと信ずる。
第二点 原判決は事実誤認の違法がある。
原判決は其理由において「被控訴人が右手形の所持人であることは現にこれを所持することによつて明かである」と説示したが手形法第十六条第一項によれば手形の占有者が裏書の連続に依り其権利を証明しない限り適法の所持人と謂うことが出来ない。
甲第一号証の一の本件約束手形について之を観るに最後の被裏書人は株式会社常陽銀行であつて被上告人ではないことが明かであり又手形を現に占有してゐるものは原審認定の如く被上告人であるから、結局被上告人は適法なる所持人ではない。然るに原判決が被上告人を適法な所持人と認定したのは事実誤認である。
第三点 原判決は憲法第三十二条に違反した判決である。
即ち第一点記載の如く重要な争点につき判断を遺脱したのは畢竟裁判所に於て裁判を受くる権利を奪つたもので容認出来ない。
以上第一点及第二点は何れも原判決が従前の大審院判例と相反する判断を為したるにつき之れに対する主張であると共に法令の解釈に関する重要なる主張と信ずる。
右の通り陳述いたします。何卒原判決破毀の上更に相当なる御裁判を仰ぐ次第であります。
(以下追加分)
第四点 第一点の上告理由(昭和二十八年六月二十九日附)に於て仮りに其理由認められず原判決の全趣旨に於て之れが判断を為したもの(斯の如き記載は発見出来ないことは明瞭なりと確信する)とせば、原判決は重大なる事実の誤認を為したもので破毀せらるべきである。
本件手形の所有権は上告人等より、手形割引の方法に依つて金融を得る目的で若し之れが金融不成功の場合は速かに振出人たる上告人等に返還すべき約にて第一審証人中島正の紹介によつて、第一審証人寺尾六次郎に(金融仲介人)交付移転され寺尾から、同じく金融仲介人原審証人仲田正己に交付されたるも、金融不成功に終りたる為め一旦右仲田より寺尾に返還された後、右両人が被上告会社に赴き被上告会社の専務取締役たる第一審証人松田宗司に之れが割引の為め交附され、同人は銀行に知り合もあり優秀な手形なら割引出来ると謂つて、同人が之を預つたもので、右証人仲田が被上告会社に対し負担せる二四〇万円の債務の弁済の為めに交付せられたものでないことは、第一審証人中島正、寺尾六次郎、岩崎清並に第二審証人仲田正己の各証言で明かである。
本件は被上告会社が訴外仲田正己、寺尾六次郎等が全然無資産にて其貸付けた金二四〇万円の回収が全然不能なる為め偶々右仲田、又は寺尾より割引の仲介を依頼されたのを奇貨として敢へて善意の取得者なりとして本訴に及んだものであることは各証人の証言又は口頭弁論の全趣旨によつて明かである。
原判決が之等上告人等の悪意の抗弁につき判断を与へて、而かも上告人等の此の抗弁を排斥したものとすれば全く重大なる事実の誤認があるものと謂はなければならない。
第五点 原判決は審理不尽又は理由不備の違法がある。
即ち本件手形の振出当時手形受取人を記載しないで発行された事実、之れが補充権限を訴外仲田に与へたものと認定したが、該補充権を仲田が行使して補充を為したか否については何等説明せず単に「右受取人の記入は訴外仲田が右手形を保管中にせられたものと認められる」と説明したに過ぎない。
而して受取人の記入は専ら仲田のみが之を為すべきであつて仮りに仲田以外の者が記入せりとせば権限なき者が記入した不完全手形であつて裏書の連続を欠く次第である。従つて此の点につき明確に説明すべきに不拘何等説明しないのは審理不尽か、理由不備の譏りを免れない。
以上